中国語研究所(1日5分中国語)

語学がむずかしいのは、学問にしてしまったから

📌 語学学習は暗記だけでは身につかない!

脳科学的に、単純な暗記学習は長期記憶に定着しにくいと言われています。語学を効率よく習得するには、次のポイントが重要です

  1. 実際に使う(会話・シャドーイング・SNS投稿)
  2. ストーリーやエピソードと結びつける
  3. アウトプットを増やす(話す・書く)
  4. 間隔を空けて復習する(1日後・3日後・1週間後)
  5. 感情を動かしながら学ぶ(好きな映画・漫画を活用)

語学は 「記憶」だけでなく「理解」や「応用」 が大切。 楽しく、実践的に学んで、使える知識にしましょう!

どうなる私の中国留学 第16話 家族の中へ

 

駅を出てから、車で少し走った。

道は広くない。

窓の外には、畑と低い家が続いている。

大連の街中とは、全然違う。

同じ中国なのに、空気が少し軽い気がした。

でも。

聞こえてくる言葉は、少し重かった。

車が止まる。

門の前に、何人かが立っていた。

张晓红が車を降りる。

「到了。」
(着いたわ。)

私はバッグを持って、後ろに続いた。

すぐに、年配の女性が近づいてくる。

「哎呀,回来了!」
(あら、帰ってきたのね!)

声が大きい。

その後ろから、別の人も出てくる。

「这是日本来的姑娘吧?」
(この子が日本から来たお嬢さん?)

私は少し慌てて頭を下げる。

「你好。」
(こんにちは。)

すると、誰かが笑って言った。

「哎呀,还会说中文呢!」
(あら、中国語も話せるのね!)

私は笑うしかない。

家の中に入る。

靴を脱ぐのか、脱がないのか、一瞬迷う。

张晓红が小さく言う。

「没事,进来吧。」
(大丈夫、入って。)

部屋の中は暖かい。

人の声。

湯気。

料理の匂い。

一気に、家族の中へ入った感じがした。

親戚らしい男性が、私に向かって聞いた。

「你搁哪儿来的?」

私は一瞬止まる。

——搁?

どこかで習った気がしない。

でも、文の流れから考える。

たぶん、どこから来たのか聞いている。

「我从日本来的。」
(日本から来ました。)

男性はうなずく。

「日本啊,老远了。」
(日本か、遠いなあ。)

私は少しだけ安心した。

通じた。

でも、耳はまだ落ち着かない。

別の女性が、台所の方から声をかける。

「这菜咋整?」

——咋?

——整?

知っている単語のはずなのに、意味が違う。

“整”は、整える。

でも今は、そうじゃない気がする。

私が固まっていると、张晓红が小声で言った。

「这里的‘整’,就是‘做’的意思。」
(ここでの“整”は“やる、作る”って意味よ。)

私は小さくうなずく。

同じ中国語なのに、少しずつ違う。

授業で聞いた中国語に似ている。

でも、同じじゃない。

「听不懂吧?」
(分からないでしょ?)

张晓红が笑う。

私は正直に答える。

「有点。」
(ちょっと。)

「这边说话有点不一样。」
(この辺はちょっと話し方が違うのよ。)

有点どころではない。

でも、そう言うと失礼な気がして、私は笑った。

しばらくして、食卓に料理が並んだ。

魚。

肉。

野菜。

そして、餃子。

山のように置かれている。

「北方过年,饺子少不了。」
(北方の正月に、餃子は欠かせないの。)

张晓红が言う。

私はうなずく。

「好多。」
(多いですね。)

親戚の一人が笑った。

「多吃点!」
(たくさん食べなさい!)

これは分かる。

もう何度も聞いた言葉だ。

私は安心して答える。

「好。」
(はい。)

餃子を一つ取る。

熱い。

中から湯気が出る。

一口食べる。

おいしい。

「好吃。」
(おいしい。)

その瞬間、みんなが笑った。

「好吃就多吃!」
(おいしいならもっと食べて!)

また来た。

多吃点。

私は笑いながら、もう一つ取った。

その餃子を噛んだ瞬間。

カチッ。

硬いものが歯に当たった。

「え?」

思わず日本語が出る。

慌てて口元を押さえる。

中から、小さな硬貨が出てきた。

私は固まった。

——え、なにこれ。

やばいものを食べた?

そう思った瞬間、周りが一斉に声を上げた。

「哎呀!」
「有福气!」
「她吃到了!」

何が起きたのか分からない。

张晓红が笑いながら言った。

「你吃到硬币了。」
(硬貨入りの餃子を食べたのよ。)

「这是好事。」
(これはいいことなの。)

「说明你今年有福气。」
(今年は運がいいってことよ。)

私は硬貨を見る。

さっきまで不安だったものが、急に縁起物になる。

「真的?」
(本当ですか?)

「当然。」
(もちろん。)

みんながまた笑う。

私も、遅れて笑った。

食事の途中で、誰かがまた聞いた。

「日本过年也吃饺子不?」
(日本の正月も餃子食べるの?)

私は少し考える。

「不太吃。」
(あまり食べません。)

「我们吃……年糕。」
(私たちは……お餅を食べます。)

「年糕?」
(お餅?)

みんなが反応する。

私はうまく説明しようとする。

「白色的,软软的。」
(白くて、やわらかいものです。)

「可以放在汤里。」
(スープに入れたりします。)

言いながら、自分でも驚く。

完璧ではない。

でも、説明しようとしている。

前なら、ここで黙っていたかもしれない。

食事のあと。

私はトイレに行きたくなった。

张晓红に小さく聞く。

「卫生间在哪儿?」
(トイレはどこですか?)

张晓红が少しだけ間を置いた。

「外面。」
(外よ。)

外?

案内されて、私は家の裏手に出た。

冷たい空気。

暗い。

そこに、簡易的な小屋のような場所があった。

中を見る。

一瞬、言葉を失う。

工事中なのか、ただ穴があるだけに見える。

——え。

これ?

张晓红が少し申し訳なさそうに言った。

「现在还没修好。」
(今、まだ直している途中なの。)

「有点不方便。」
(ちょっと不便だけど。)

ちょっと。

ちょっと、の範囲が広い。

でも、ここではこれが現実だ。

私は深呼吸した。

「没事。」
(大丈夫です。)

言ったあとで、自分に言い聞かせる。

大丈夫。

たぶん。

部屋に戻ると、みんなはまだ話していた。

笑い声。

方言混じりの中国語。

分かる言葉もある。

分からない言葉も多い。

「啥?」
「咋整?」
「可热闹了!」

何度も出てくる音。

少しずつ、耳に残っていく。

私は全部は分からない。

でも、さっきより怖くない。

张晓红が私にお茶を渡す。

「累了吧?」
(疲れたでしょ?)

私はうなずく。

「有点累。」
(少し疲れました。)

それから、少し考えて言う。

「可是……很有意思。」
(でも……とても面白いです。)

张晓红は笑った。

「这就是过年。」
(これが春節よ。)

私は湯気の立つお茶を見つめた。

音も、言葉も、食べ物も、トイレさえも。

全部、知らないことばかりだった。

でも。

私はもう、ただ見ているだけではなかった。

餃子を食べて。

笑われて。

聞かれて。

答えて。

少しずつ、この家族の中に入っていた。

——中国語は、教室の中だけにあるんじゃない。

私はそう思った。

ここにある。

この声の中に。

この食卓の中に。

この、分からないまま笑っている時間の中に。